手抜き暮らし研究所

ぼちぼち手も力も抜いて暮らしも負担も小さく

おとうさん

今週のお題「おとうさん」


父親が大嫌いでした。
自分勝手だし、家にいないし、酔っ払うと目が三角になるし、いろいろ細かいし、変な髪型だし、水虫だし。
小さなころは、別に父が嫌いだった記憶はありません。ただ、ときどき父と母が喧嘩をして、母と一緒に夜道を散歩したことは覚えています。コンビニも11時には閉まる時代です。

思春期になると、しょっちゅう父と喧嘩をしていました。父も単身赴任や午前様だった前職から転職し、週休二日制も一般化し土日はお休みで家にいるようになり、夕方からお酒を飲んで夕飯のときに細かいことを言っては逆らうワタシにキレ、バトルが始まって茶碗を割ったこともありました(ワタシが)
最後の大喧嘩は、同居していた祖父母が続けて亡くなり、遺品を片づけていたときでしょうか。朝からブチギレた父に投げられ、馬乗りになって拳を振り上げたのを見たとき、「これで殴ったら父親失格だなぁ」と冷静に思った可愛げのない娘でした。でも、そのとき父は殴らなかったし、別の大喧嘩でワタシに「出ていけ!」と怒鳴ったら、逆に「おまえが出てけ!」と怒鳴り返されたときも、けっきょく自分が車の中で一夜を過ごしました。父親合格だと思います。


父は外面が良く、家族よりもよその人の面倒をよく見る人でした。父にとっての家族は、祖父母と叔母だけなのだ、と母が言っていたのを覚えています。そんな祖父母も亡くなって20年。叔母ともお互いに距離を置くようになり、ワタシが家庭を持って、父と母はようやく仲良く暮らせるようになりました。弟はまだ実家に寄生していますが、もともと反抗もせず大人しく静かなタイプです。あとは可愛い可愛いネコだけ。父が定年退職して、母が脚を痛めて、今は2人で散歩や買いものに出かけています。


そんな父が、やっぱり自分のことを愛してくれていたんだなぁと感じた瞬間は、ムスコを出産したときでした。
前の週に父と産婦人科の話をしていたんです。あのラーメン屋の前な、なんて。
ところが、緊急帝王切開の連絡を受けたらパニックになり、違う病院を2箇所も回り、ようやく駆けつけました。駆けつけたところで何をできるわけでもないけれど、出口を間違えておでこが真っ赤になった生まれたてのムスコをみんなが見られてよかったです。ワタシは見られませんでしたからね。

ちなみに、ワタシが生まれたときは友達と酒盛りしていたそうです。
そして、髪型は学生時代から今も変わらずのピシッとニハチです。シチサンではなく、ニハチです。最近は、戦場カメラマンみたいな帽子をかぶっていて、本人は気づいていないかもしれないけど、白髪の鼻毛がもっさり出ています。ダサいけどピシッとしていたイメージがあったので、ちょっと悲しいです。パジャマと一緒に、パジャマの上に着たセーターもウエストインしてたときも、なんだかちょっと悲しかったなぁ。でも今は、父も母も好きです。こちらもなかなかの困ったちゃんですが、義父も義母も好きです。



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