手抜き暮らし研究所

ぼちぼち手も力も抜いて暮らしも負担も小さく

将来の夢

年末に向けて、またちまちまと片づけている。
そして、しばしば考える。ワタシの目標ってなんだろう。

チチは好きなことがたくさんあって、とくにものづくりにハマると道具や材料を揃え始める。だけど、その趣味に飽きても道具は処分しない。新しい趣味の道具が増えるばかりだ。たぶん、自分が買ったものを捨てることに抵抗があるのだろう。そして、使い込んだから全うした、という考え方はない。服はボロボロになるまで着るし、ボロボロになっても捨てない。

ワタシはそういうしがらみが嫌で、飽きたものはどんどん処分していった。古いけど取ってあるものは、思い出の品とノートパソコンくらいだ。ノートパソコンなんか開くのもめんどくさいと思っているけど、パソコンじゃないと開けないメディアも残っているから処分できない。こないだも、ムスコが審判講習会を自宅で受けるために久しぶりにパソコンを立ち上げた。

最近、昭和の住宅の本を読んだ。それはそれはときめいて、久しぶりにこの本買おうかしらと思ったくらい。子どものころから建築物は好きで、中学のなんかのテストでなりたい職業欄の建築家にチェックして親に驚かれたのを鮮明に覚えている。あまりの母の驚きようにすぐに訂正したけれど、そういう道もあったのかなと今は思う。昔から、あまりはっきりとした将来のビジョンを持っている子ではなかった。

幼稚園の文集に書いた将来の夢は、図書館のお姉さんになることだった。本は好きだけど、たくさん読むわけじゃない。たぶん、本を読むことよりもふらふらと出歩くことのほうが好きだと思う。しかも、誰かとわいわいというより、1人でふらふらするほうが好き。人といると自然と相手のペースに合わせてしまうから、どうしても振り回されて疲れてしまう。


今のバイトは嫌いではない。大変なことも苦手なこともてんこもりだけど、けっこう充実している。でも、続けてもあと10年。体力が保たないと思う。そのころには子どもたちもある程度成長しているから、もう少しのんびりと働きながら暮らしたい。

昭和の住宅の本を読みながら、ワタシはこういうスッキリした家に住みたいのだと思った。古くて、だけど必要なものしかない。昔は今みたいに便利な時代じゃないから、手に入れたものはなかなか手放さない。その代わり、軽い気持ちで買ったりもしない。便利な時代にあえて不便な暮らしをしようというのではなくて、ものでも行為でもそれは本当に自分にとって必要なのか見極めて、買いものでも家事でも自分にとって必要なことだけをして暮らしていきたい。でも、まだまだやらなきゃならないことが多すぎて、なかなか厳選できていなくて疲弊しているのが現実だと思う。


ホントのホントの将来の夢は、こじんまりとした家に住んで、自分のキャパシティを超えないだけのものを持ち、自分のキャパシティを超えないだけのことをして、のんびり自分のペースで暮らすことかな。
ただ、今の生活は楽しみが少なすぎて、毎日眠くてもシフォンケーキを焼いているチチがちょっと羨ましくもある。今日もせっかくの休みなのに、半日昼寝してしまった。もったいない。

昭和住宅

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