手抜き暮らし研究所

ぼちぼち手も力も抜いて暮らしも負担も小さく

40代のファッション迷子

40年も生きてきて、未だにファッション迷子である。

ハハの母は23区内で生まれ育ち、父と結婚するまで都心のデパートに勤めたデパガであった。結婚を機に、ハハの父の転勤に伴い田舎に5年ほど暮らし、ハハが2歳になるころ転勤で東京の端っこに戻ってきた。もともと文化服装学院に行きたかったような人なので、今も服装にはうるさい。ちなみに、ハハの母の母は今で言うワーママだったのだが、子ども3人と病弱な夫がいるのに自分の洋服と美容院にお給料の半分が消えるようなひとだったらしい。おばあちゃんになってからも、実年齢より20歳は若く見られないと気が済まないと豪語していた。今も健在。その点、ハハの母はなんでも自分で作るタイプで、これはこれで反面教師だったのかもしれない。

そんな母と祖母を持つワタシは、中学生ぐらいからほとんど体型が変わらない。むしろ、通りすがりのニッカボッカの人に長与千種に似ていると呟かれた高校生のころより今のほうが痩せている。母も祖母も見た目にはずっと気をつけていたし、ワタシもそうであろうと思っている。よく食べるけどよく動き、走らないけどひたすら歩く。歩くのもママチャリを漕ぐのも、苦ではないどころか好きである。そんなわけで、あまり体型も変わらないワタシ。サイズが変わって洋服が着られないなんてことは、成長期が終わってからほとんどない。だからたぶん、10年前の服だって余裕で着られる。残っていれば、20年前の服だって着られる。でも、そういう服は淘汰した。ハハもババもそんな服を大量に持っていて、それでも新しい服を買ったり作ったりするから洋服が溢れているのを目の当たりにしているからだ。ついでに、チチも学生時代からほぼ体型が変わらないので、そりゃもう年季の入った服を大量に持っていた。高かったから、ほとんど着てないからと捨てられず、しまいこんで劣化して捨てるのを繰り返し、それでもワタシの服の倍以上をしまいこんでいる。もう何も言わないが、さすがに最近はしまいこんでいる服を少しずつ消費し始めている。捨てられないなら着倒せばいいことにようやく気づいたらしい。


変わらないつもりでも、人生80年なら折り返し地点。さすがに20代のころの服装はできないのは親になった時点で悟ったが、そろそろアラサーのカジュアル路線もいかがなものかと感じ始めた。いきなりゴージャスシックでもないけれど、Tシャツにジーンズが作業着に見えてこなくもない。ましてや、いちおう人前に出る仕事である。品出し部隊のころはほぼ力仕事と清掃なのだから、作業着でいいじゃないと開き直っていたけれど、歩くマネキンになれと言われたらそれなりにアラフォーのマネキンにならないといけないかなーという気にもなる。でも、残念ながらワタシはそれほどおしゃれではない。バカにされない程度にはしているつもりだけど、マネキンになれるほどではない。いつだってファッション迷子なのである。


お休みの日は、仕事ではもう着られないけど気に入っているトップスを着る。



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