手抜き暮らし研究所

ぼちぼち手も力も抜いて暮らしも負担も小さく

記録することを手放す

ワタシは、手帳に家計簿と日記をつけている。
もちろん、その手帳は持ち歩かない。スケジュールはiPhoneのスケジュールアプリで管理している。子どもたちのiPhoneにも入れて共有できるし、どこでも追加・確認・訂正ができるから、スケジュールに関しては紙媒体よりアプリのほうが便利だと思う。もういっそ、家のカレンダーもなくしてしまおうかと思っている。そうしないと、ついついカレンダーをあてにしてアプリを確認してくれないから。


日記もはたして必要なのかしらと思い始めた。食べたものや体重や、読んだ本の記録なんかもしているけれど、見返すことなんてあるかしら。ToDoリストも書いているから便利ではあるけれど、それもiPhoneでいいんじゃないかしら。家計簿だけは必要だと思っているけど、それだけならマンスリーの手帳でじゅうぶんかもしれない。だってワタシは、ウィークリーの手帳のマンスリー部分に家計簿を書いているのだから。


祖父母が死んだとき、2人の大量の日記と家計簿が出てきた。それはなんとなく捨てられずに、括られて天袋に押し込まれている。ワタシだったら読みもしないで捨てるけど、ハハの父は読みもしないけど捨てることもできなかった。大量のアルバムもたぶん保管してある。もうハハの父以外には思い入れもないものだ。ワタシの知ってる祖父母はワタシが生まれたあとの祖父母であって、ワタシが生まれる前の祖父母はワタシにとっては知らない人と同じだ。大好きだった祖父母の写真は、ワタシが撮ったものを2枚だけ手元に残している。


仕事で毎日メモを取る。
毎回自分のタイムスケジュールを確認して、何をするのか、誰に引き継ぐのか、共有通達などもメモをする。過去に戻って見返すこともあるけれど、せいぜい前の週くらいだ。細かい仕事のやり方も教わったときにまとめたけど、やり方はその都度ベストなものに更新される。


家計簿をつけるのは確認のためだ。振り返るとしてもせいぜい前の年くらいで、暮らしは毎日更新されてゆく。去年必要だったものが今年は必要がなくなったり、逆に去年には思いもよらなかったものが必要になったりする。家計簿自体は、振り返りやもしも自分に何かあったときに家族に暮らしぶりを伝えるためにも必要だと感じているけれど、ワタシに何かあったあとの暮らしが何かある前の暮らしと同じであるはずがないから指針くらいにしかならない。そもそもが費目をざっくりと分けただけのどんぶり勘定だから、あまりあてにもならない。家計簿はほぼほぼワタシのモチベーションのために書いている。微々たるものだけど、貯金ができているとモチベーションが上がる。実は、思ったよりも貯金できていたこともわかった。これからもっとお金がかかるから、家計簿はこれからもつけていくつもりだ。


デジカメで写真を撮ることを手放した。
最近は、子どもたちの試合のビデオもあまり撮らなくなった。
SNSへの更新もほとんどしなくなった。
メールやLINEも必要に迫られなければ使わないし、電話はそもそもかけるのもかけられるのも嫌いだ。
書類なども、本当に必要なものしかファイルしない。行事のプリントは終われば処分するし、提出物はなるべく早く提出する。
用事は思い立ったらすぐ片付ければ、ToDoリストもいらない。iPhoneのメモに、買いものリストと一緒にやることリストもメモしておく。

ものが減ると、いろんなことがシンプルになってゆく。


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