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イマイチから今が1番に

5年前から片づけています。

いらないものはないと思える暮らし

このブログを始めてから、改めて家の中を見直しています。
まだまだいらないものや買い替えたいものがあるし、改善したい場所もたくさんあります。迷いもあるし、決断しなきゃならないこともたくさん。はたしてそれは本当にいるものなのか、このままでいいのか、片づけは自問自答の繰り返しだと感じます。

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ものを減らしてスッキリした感覚を味わうと、買うことに躊躇いを感じます。またまた捨てることになるかもしれない、無駄遣いかもしれない。あたりまえに必要だと思っていたものが、なくても大丈夫だったりすることはたくさんあります。スマホが進化して、本格的に写真を撮りたい人やかわいい盛りの子どもがいる人でなければ別にスマホのカメラでじゅうぶんになったり、よっぽど仕事や趣味で使わなければPCも必要がなくなったり、プリンターも外注のほうがキレイで早いし、コンビニでの印刷も簡単になってゆく。世の中にできることが少なかった時代から、技術が進歩してたくさんのことが自分たちでできるようになって、今度は家庭でやっていたことを外注でやってもらえるようになって、それなのにあたりまえに持っていた家庭用のものは使われもせず置いてある。スマホでゲームをするようになったのに家庭用ゲーム機が収納スペースの半分を占めているわが家。HD録画とDVDが主流になり、VHSが生産終了になったというのに、まだ数本のVHSとデッキを所持している。ワンダーコアがあるのに、テレビ台に足を掛けて腹筋している。誰も乗らないバランスボールとバランスクッション。家で練習なんかしないのに置いてある練習道具。使わなくなったものと使っているものが混在している。数えあげたらキリがありません。

自分にしても、スーツと喪服を別に持っているけど、共用はできないものかとふと気づきました。数えるほどしか着ない似合わないスーツと喪服を2セット持っているよりも、きちんと選んで満足して買ったものをめいいっぱい着るほうがいいんじゃないかと思ったのです。正式な作法などもあるから難しいけれど、意外と今の年配の人はそういうことには鷹揚になっている気がします。自分の子どもの結婚式や自分が喪主の場合ならともかく、親戚ぐらいだと堅苦しいのを嫌がるくらいで、実際、最近の身内の冠婚葬祭はホントに身内だけだったり、むしろ職場重視で身内は遠慮したりしていました。


子どもたちも成長してきて、選択肢がたくさんある時期から自分の進みたい道を決めてゆかなければならない時期になってきました。来年は、ムスメも中学生になり、ムスコは高校受験です。
親のワタシも、自分にとって本当に必要なものは何か、大切なものは何か、見極めていかなくちゃならないなと実感しています。親であるワタシのそれは、時期によって変わるものです。しつけや子育てにがむしゃらだった時期から、子どもたちが自立するために準備する時期に入るのです。その時期が終わったら、また自分とパートナーであるチチとの暮らしを中心に楽しみたいと思います。

それまでに、自分の行動や生活にいらないものはないと思える暮らしにしてゆこう。無理をして合わせたり替えてゆくのではなく、気持ちのいい方向に自然と動いてゆける人でありたい。みんながあたりまえに自分にとってより良い選択をし、誰かと過ごすことに無理を感じず、自然と相手を思いやれるように過ごしたい。そんなふうになるために、たくさん迷って悩んでおくのも大切なことなのかなと思います。


日々の暮らしを小さいものにしておけば、いざ行動するときに必要なものが見えてきて、フットワークも軽くなるんじゃないかな。まだまだそんな状態ではないけれど。

とりあえず、まずはお風呂と洗面所には今いらないものはありません。雑巾がちょっと多いからがんばって掃除しよう。
減らすだけではどうにもならないことや家族の承諾が必要なことも多いですが、これからも少しずつ見直してゆくつもりです。

まるで膿出しのように、突然やってくる強制断捨離もありますしね~。今はムスコのスマホが壊れそうなのですが、おかげでムスメのキッズケータイの更新月が近いことに気づき、まとめて買い替え&乗り替えを検討中です。こういうことでも、芋づる式に断捨離が進みますね。なるべく前向きにとらえて動きたいものです。

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